筑波山に「大蛇雲」が現れた

8月16日(日)、17日(月)、筑波山の山頂付近から南西側の山麓斜面にかけて横に長く尾を引くような巨大な雲が出現した。
この雲を青木豊は、『ストーム・チェイサー-夢と嵐を追い求めて』のコラム「わが故郷の筑波山とお天気」で「大蛇雲」と紹介している。

青木豊「大蛇雲」

『ストーム・チェイサー-夢と嵐を追い求めて』より、青木豊「雨引山から加波山にかけた大蛇雲」P110

まれですが、筑波山の西側では山頂付近に横長の雲が現れることがあります。これは、山が堤防の役目をしていることが原因で、山の東側でせき止められた霧があふれて頂を越え、山の西側に流れ込む過程で形成されます。俗に「大蛇(おろち)雲」と呼ばれる雲で、山の頂から中腹に懸かる横長の層雲(霧)が大蛇のように見えるため、そう呼ばれます。
『ストーム・チェイサー-夢と嵐を追い求めて』「わが故郷の筑波山とお天気」P108~109

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日々、空を見上げ、雲を追いかけている青木が、「大蛇雲」を観るのはせいぜい年に1、 2度というほど珍しい現象だが、今年は2日連続で観ることができた。

この日は、つくば市の韓国料理店 白飯家で、かき氷のスペシャルデーをやっていて、同店で青木豊とお昼過ぎに会った。

青木が「これから買い物に行く」と店を出てしばらくして、午後4時過ぎに電話がかかってきた。

「いま外、観られますか? 筑波山に大蛇雲が出ています!」
冷静な青木にしては、興奮気味で早口だった。
外に出ると、筑波山がすっぽり白い雲で覆われていた。
見事な「大蛇雲」だった。

白飯家から撮影した8月16日の大蛇雲

白飯家から撮影した8月16日の大蛇雲

双頭の鷲、筑波山に現れる大蛇のイメージ

筑波山は、関東平野にぽつんとそびえている。
その標高877mとけっして高くないが、女体山と男体山という2つの独特な峰を持つ山容は遠くからでもはっきり確かめることができる。広い関東平野の真ん中でほかに目立つものもなく、方向を知るための灯台代わりだった。このため、2つの峰の「独立峰」とされるが、実際は筑波山を頂点にいくつかの峰が連なっている。

筑波山から北に向かって足尾山、加波山、雨引山への山系。
また、南東にかけては、ちょうど「筑波山スカイライン」と呼ばれる自動車道路に沿って新治(土浦市)まで尾根が延びている。
分かりやすく表現すれば、双頭の鷲が羽を広げた形だ。もちろん、双頭は筑波山の2つの峰だ。

大蛇雲は、長く延びた筑波山の尾根の東側の八郷盆地に滞留した雲が尾根を超えて、西側の真壁や大和の桜川市側、さらに南東側の新治(土浦市)や筑波(つくば市)側に流れ出る。これが、青木の説明だ。

筑波山からは尾根が長く続く。『筑波山目的別ガイド』より

筑波山からは尾根が長く続く。『筑波山目的別ガイド』より

なるほどとうなづき、頭のなかで山並みを越えて雲があふれ出す図をイメージしてみた。

うん? 私が観たのは雲が流れ出てくるつくば市側だが、山並みの向こう側は雲で埋もれているということか? 雲海みたいな感じ?
ふと疑問が湧いたが、これはすぐに解決した。「大蛇雲」をSNSで公開し、疑問を投げかけてみたら、ちょうど石岡市街にいた方が「土砂降りでした」と報告してくれたからだ。つまり、雲海の下は大雨ということだ。

大蛇雲を生む気象の仕組みは?

「大蛇雲」が現れた状況を少し調べてみた。気象の専門家でないので、なぞときは十分にではないが。

8月16日(日)の天気図を見ると日本列島の南側にそって長く前線が横たわっている。この低気圧は、元・台風13号で1度は台湾から中国大陸南部へと上陸。そして、温帯低気圧に変わり、東に進んで来た。

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台風13号の経路図

台風13号の進路経過図

台風14号の進路経過図

台風14号の進路経過図

この低気圧のすぐ東側にも低気圧があって、この低気圧も台風14号が温帯低気圧に変わったものだ。
おおまかに言うと、元・台風に向かって太平洋からどっと湿った空気が流れ込むという図式だ。つまり、どんどこ雲の素が太平洋から送り込まれていたことになる。

おおまかに当時の気象の特徴を掴んだところで、茨城県を中心とした8月16日(日)の午後2時から4時までの風向き、雨量を調べてみた。

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午後2時の雨雲レーダーは、筑波山の東側、石岡市、笠間市、水戸市にかけかなり強い雨雲がかかっていることを示している。先のSNSの方の石岡市街の「どしゃ降り」だ。

この時の風の流れは、茨城県の海岸沿い向かって鹿島灘(太平洋)から風が不吹き込んでいる。この時の風は、秩父、丹沢の山地にぶつかるように流れているので関東平野レベルでの大きな流れといる。

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鹿島灘からの風は、筑波山の山並みにどかんとぶつかり、標高877mから400mくらいまでの山並みが壁のようになってそこにたまった雨雲が東側に流れ込み、巨大な蛇となって現れたというイメージか?

空を毎日見上げている青木が珍しいという「大蛇雲」が2日連続で観られたということは何を意味するのだろうか? たまたま?

よく分からないが、日本列島をはさむように、東と西にそれぞれ台風が向かい、西からの台風崩れのたっぷり湿り気を含んだ温帯低気圧が、東にある、やはり台風崩れの低気圧に向かうという位置関係は、その後の8月25日(火)に九州に上陸した台風15号と、台風16号の関係に重なる。

台風の多さについては、地球温暖化との関係が指摘されている。そもそも2015年はエルニーニョ現象と言われながら、35℃の猛暑日が連続した。

気象は地球規模での大規模なエリアの系と、関東甲信越地域といった中規模のエリアの系、さらに筑波山などの小規模なエリアの系があり、それぞれが複雑に絡み合っている。地球温暖化といった大規模なエネルギーの流れが、小規模な筑波山の山並みにどのような現象をもたらすのか? さすがに素人で判断が出来ない。

天気のことわざで大蛇雲はキャッチできるか?

青木豊が「大蛇雲」を紹介しているコラム「わが故郷の筑波山とお天気」のテーマは、たとえば、「筑波山に雲がかかると雨、良く見えると晴れ」というように地域に伝わる天気のことわざ、観天望気を見直そううものだった。

気象庁が天気予報を発表するようになったのは明治時代以降だ。
温度や湿度、風向きや風速などの数値を観測し、それらを基に予報を出すようになったが、逆に言えば、それ以前は雲の様子や海鳴りなどの音の伝わり方、動植物の動きを感じ、読み解いて予知した。天気のことわざは、人が暮らしや生業で培った経験値としての総体だ。なかには猫が顔を洗うと雨など非科学的であてにならないものもあるが、五感で天気の崩れを予知できる仕組みとして侮れないことわざが多い。

天気のことわざがすぐれている点は、地域のかなり小さなエリアで予知できる点にある。局所現象としての気象予知に観天望気が活かせると気付いたのが、在野の科学者、井坂末松だ。

井坂末松の論文より

井坂末松の論文より

井坂は茨城県の公立高校教師で、昭和44(1969)年に発表した「茨城県における気象俚諺(りげん)について」(「天気」16巻8号、1969年8月)は、茨城県内の天気に関することわざを調べつくし、分析したものだ。
ちょうどアメダスなどの科学的なリモートセンシングによる観測網が整備されていく時代で、あえて昔ながらの観天望気を評価しようとしている。しかも、地方の一高校教師が地道にこつこつと調べたという点に、熱いものを感じる。

井坂末松は、天気のことわざ、俚諺についてまとめるのに、筑波山を例に3つに分類している。

(1)単に方角を表すのに筑波山を利用
→筑波山の方から来る雷はきわめて早く来る(常陸太田市、小川町(現・小美玉市))

(2)筑波山の漠然とした状況から気象を予想する
→筑波山が雲をかぶっている時は雨

(3)筑波山にかかる雲の種類やその他の詳しい状況から気象を予想する
→筑波山にはちまきすると雨が降る(八郷町(現・石岡市)、筑波町(現・つくば市)
→筑波山の上に離れてかさのような雲が浮いていると雨(大和村(現・桜川市))

(1)から(3)は、筑波山の距離が次第に近くなり、気象の表現がより具体的になる。
(3)の俚諺(ことわざ)は41と、(1)(2)より圧倒的に多くなるという。

短時間にごく限られた地域で激しく降る豪雨は、予測が難しい。その背後に地球温暖化があるが、ひとりひとりが「何か変だよね」と直観的にとらえられるという点で、感性に訴える観天望気は再び再評価されるべきだと思う。
もちろん、気象衛星「ひまわり8号」の解像度は驚嘆に値するし、科学的予知は必要だ。しかし、科学知に頼るあまり、人間の感性が鈍くなってしまわないか?

手前味噌だが『ストーム・チェイサー-夢と嵐を追い求めて』を手がけ、刊行後は自らが読者となって、本を利用した。その中で、写真が気象予知に役立ち、ひいては防災に有効だということが分かった。

まず青木豊の「ガストフロント」や「メゾサイクロン」、「落雷」などの写真を見、解説をなんとなく読む。
そして、空を眺めると、意外と青木が撮影したその雲が頭の上に浮かんでいることに気付く。
こんなに身近に悪天候の予兆が展開されていたのか! と。

悪天候を追う者は、気象に関する知識を身に付ける。その上で、追跡するが、本当に大切なのは、激しい気象をもたらすそのダイナミックなパワーを受け止められる感性だ。
どちらの方向に雲が出たら、どういう方向に流れていくか。時に、一気に盛り上がった積乱雲が数10分後には消えることもある。感じ、観ることの大切さを青木の本で痛感させられた。

気象専門の書籍は、専門用語が主で、分かりやすいとは言えない。写真というビジュアルを通して、身をもって感性を通して得た知見は大きい。分かりやすく体験できるという点で、天気のことわざ、観天望気もことばで感性に訴える優れた予知システムだ。

たとえば、井坂末松の調べた天気のことわざを地図に落として、そこにストーム・チェイサーの写真を貼り付けて、データベース化できたらなあと妄想する。

井坂が調査したのは茨城県だけだが、全国津々浦々の天気に関することわざを集め、それをデータベース化することはできないか? 井坂がいう(3)のレベルのかなり限定したエリアでの観天望気は、かなり複雑な情報だし、密度が濃くないと使えないだろう。そう簡単でないことは、想像がつく。
このあたりを実現させるには、テクニカルな問題というより、おそらく若い感性に任せるのがいいのだろう。
危ないぞと思い、スマホを空に向けて、ぱしゃとやる。すると、「筑波山に大蛇雲が現れる」という情報が出てきたら、とってもすてき! と思うのだが。

野末たく二(結エディット)

青木豊が2015年8月16日に撮影した大蛇雲

青木豊が2015年8月16日に撮影した大蛇雲

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