地球温暖化は他人事?

「本日の化石賞」という不名誉?
6月7日から、ドイツのエルマウでG7サミット(先進7か国首脳会議)が始まる。それに先立ち、6月4日にドイツのボンで開催中の「国連気候変動交渉会議」で、「本日の化石賞」が発表され、なんと日本が3つも独占したというニュースを知った。

「本日の化石賞」は、世界の環境NGOネットワークが地球温暖化対策を評価して「日々の交渉で最も後ろ向きな国の政府」に贈っているのだそうだ。このNGOは、気候変動問題に取り組む100カ国以上・900の環境NGOからなる国際ネットワーク組織で、英語名Climate Action Networkの頭文字を採ってCANと略称される。

安倍晋三首相は、G7を前に、6月2日に総理大臣官邸で第29回となる地球温暖化対策推進本部を開催し、「2030年度の温室効果ガスの排出量を26%削減する、国際的に遜色のない野心的な目標をまとめることができた」と胸を張った。

意気軒昂と乗り込むはずの安倍首相に対し、環境NGOがノーを突きつけ、出鼻をくじいたた形だ。安倍首相にしてみれば、NGOの評価なんて気にしないのかもしれない。
しかし、この2日の政府の温暖化対策、あるいはそれ以前の4月のエネルギー庁のエネルギーミックスについて、何か嘘っぽい、何かが違っていると感じていたので、5日の環境NGOの評価は、すとんと腑に落ちた。

環境NGOが下した、日本政府の後ろ向きの政策とは?

地球温暖化の最大の原因、二酸化炭素は、地中に埋蔵されている石炭や石油などの「化石」を掘り出している。過去に蓄積された化石を、現代生活の利便性、経済行為に用いることで、地球の平均気温が上がる。それを食い止めるために、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が実行性のある対策を話合いながら進めようとしているのだが、環境NGOが評価する「本日の化石賞」は、過去の化石の浪費抑制策に対し、もはや化石的価値しかもたない後ろ向きな政策という痛烈な皮肉がたっぷりこめられていることはすぐ知れる。

安倍首相が、「温室効果ガスの野心的な削減目標」と胸を張った日本政府の温暖化対策のどこが後ろ向きだったのだろうか?

以下、CANJapanのホームページから3つの「受賞理由」を抜粋する。

1 日本の排出削減目標の政府原案は「2013年比で2030年までに26%削減(1990年比で同18%削減)」と極めて低い

2  G7サミットに向けて、気温上昇2℃未満のために国際的な開発援助銀行の投資基準をつくる提案があったが、G7で唯一日本が強く反対し、これが削られた

3 世界が脱石炭を進める中、日本は途上国における石炭火力発電所事業に対して資金支援をし続けている

2と3については、国内でほとんど報道されていないので、なるほどそういうこともやっていたのかと新鮮だった。とくに3の石炭火力発電はアフリカのリマで日本が国際批判にも関わらず強引に推し進めていると具体的な事例が挙げられている。

これらに対し1の26%削減の政府原案は、最近大きく報道されたが、首相の「野心的な削減目標」の26%を、「極めて低い」とばっさり伐り捨ててしまった。

そもそも二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量を26%削減するというとき、何年に対し何年までにという対象年を重視しなくてはならない。

政府原案は、2013年比で2030年までに26%削減だ。それに対し、環境NGOは(  )書きで、「1990年比で同18%削減」と補足している。

この前提となっているのが、昨年2014年4月に出されたIPCC「第5次評価報告書」だ。

そこで「産業革命以前に比べ地球温暖化による気温上昇を国際目標の2℃に抑えるためには、2010年に比べて2050年までに温室効果ガスの排出量を40~70%削減しなければならない」と結論づけている。

日本の政府原案は、2013年と2010年から3年後ろにずらし、達成期間を2050年から2030年へと前倒ししている。20年も目標を前倒ししたのだから、意欲的と評価されそうなものなのに、そうはならなかった。むしろIPCCの温暖化ガス削減目標40~70%に対し、26%削減は後ろ向きだと取られた。そもそも、2010年をなぜ2013年にずらしたのか。これは日本人ならだれもが理解できる。

2011年に東日本大震災により生じた東電福島第一原発の事故により、原子力発電がすべて停止し、火力発電など化石燃料での発電に依存。その結果、2010年比で、日本の二酸化炭素排出量は、8%増の1,235百万トンになった。これは1990年比では15.7%もの増だ。日本としては福島第一原発の事故は、地震と津波という特別な事情なのだから、そこを加味してほしいという思惑があるのだろうが、国際的にはそれは通じないということだ。

ちなみに、主な国の2015年4月段階でIPCCの第5次報告書の温暖化ガス削減目標は以下のようになっている。

・アメリカ 2005年比で26~28%削減
・EU(28か国) 1990年比で40%削減
・ロシア 1990年比で25~30%削減
・ノルウェー 1990年比で40%削減
・スイス 1990年比で50%削減

こうして海外の主要国と比較してみると、安倍首相の「国際的に遜色のない野心的な目標」は、やはり霞んでしまう。

農林水産業の無い「野心的な26%削減」のシナリオの中身

国際的な評価はともかく、大切なのは、温暖化ガス26%削減するためのシナリオ、つまり大切なの中身ではないか。確かにそうかもしれない。

安倍首相は発表で、政府原案は、「無責任な、根拠なき『数字』ではなく、具体的な対策や技術の裏付けを伴うもの」と述べた。
「無責任な」は、民主党政権時代の削減目標を念頭においているようだが、「具体的な対策や技術の裏付け」の中身は、4月に政府が出した「エネルギーミックス」を考えるとよく分かる。

エネルギーミックスは、経済産業省資源エネルギー庁の総合資源エネルギー調査会長期エネルギー需給見通し小委員会がまとめたもので、2030年時点の電力の割合を以下のように想定する。
→小委員会の動画はこちら

・原子力 22~20%
・再生エネルギー 22~24%
・LNG(液化天然ガス) 27%
・石炭 26%
・再生可能エネルギー 22~24%

2015年4月28日に長期エネルギー需給見通し小委員会が発表したエネルギーミックス

2015年4月28日に長期エネルギー需給見通し小委員会が発表したエネルギーミックス

エネルギーミックスが公表されて話題となったのは、エネルギーミックス案が原子力発電所の再稼働の免罪符となるのでは? という危惧が中心だった。

エネルギーミックスの案をまとめるにあたり、指針となったのが以下の3点。

・電気を生み出すための燃料の自給率を震災前を更に上回る水準(概ね25%)
・電力コストは現状よりも引き下げること
・欧米に遜色ない温室効果ガス削減目標を掲げ、世界をリードすること

外国からの石油、石炭、天然ガスの輸入を抑え、なおかつコストも抑え、二酸化炭素も出さないという基準をクリアするために、原子力発電0にしたら不可能だと言われれば、そんなものかとなんとなく納得してしまう。
あと10数年すれば、地熱、バイオマス発電、風力、水力、そして太陽エネルギーがもっと安定的に供給できるようになるのでは? という想像も働くが、再生可能エネルギーは、「買取価格制度」があるためにコストが高く付くと想定されている。

原発を再稼働する数字的裏付けが、エネルギーミックスで足固めされたという、うがった見方ができる。
それはともかく、政府原案は、原発事故も起きない、安定した1.7%程度の経済成長を続ける、エネルギーミックスにより電気を安定供給するという前提で、なおかつ数々の省エネルギー技術を駆使し、2013年比で26%の地球温暖化ガスを削減しようというのがシナリオだ。その裏付けとなる「対策と技術」を少し見てみよう。

政府原案は、対策・施策を「産業部門」、「業務部門」、「家庭部門」、「運輸部門」、「エネルギー転換部門」の5つに分けている。このうち、業務部門とはオフィスや店舗販売する業態を指す。エネルギー転換は、先のエネルギーミックスの実現を想定する。

各部門を併せた温暖化ガスは
2013年の1,235百万tから2030年に927百万tへと308百万t減らす目標だ。
それぞれの2013年→2030年の排出割合は以下のように想定されている。

・産業部門 429百万t(34.7%)→401百万t(43.3%)
・業務部門 279百万t(22.6%)→168百万t(18.1%)
・家庭部門 201百万t(16.2%)→122百万t(13.1%)
・運輸部門 225百万t(18.2%)→163百万t(17.6%)
・エネルギー転換部門 101百万t(8.2%)→73百万t(7.9%)

まさに、見事なまでの数字の積み重ねにより描かれたシナリオをいえる。

ところで、業務部門、運輸部門以外の産業部門は、なにを指しているか。それは、鉄鋼、石油化学、セメント、製紙などの20世紀を支えた重厚産業だ。

2030年、つまり15年後の日本において、力強い重厚産業が日本をひっぱっているイメージを想像できるだろうか?

いや、地球温暖化そのものの引き金となっていたのが、産業革命だったわけで、その引き金となった重厚産業をベースとして維持し続ける経済のあり方、それを見直すという発想がまったく無くて本当に良いのだろうか? もちろん、今すぐに自動車や鉄道、飛行機、さらにビルなどをすべてやめて自然に近い暮らしをして1億人以上の人口を支え続けるというシナリオは無理だとしても、「そもそも論」として、産業構造の転換なしに、地球温暖化を食い止めるというシナリオは意味があるのだろうか?

そんなことをふと思ったときに、ここに第一次産業と言われる農林水産業が欠落していることに気付いた。エネルギー安全保障以前に、食糧安全保障の考えはシナリオ外だ。

二酸化炭素を吸収し、酸素を生み出す緑の産業の農林業、さらに水中で海草や珊瑚礁に育てられる水産業の育成はまったくシナリオ作成段階で省みられていない。

素人目には、第一次産業を延ばすことで、食糧安全保障も温暖化ガス削減も減らせる一石二鳥のシナリオだと思うのだが? 超高齢化社会で、高齢者が担っている第一次産業はシナリオに値しないということか? 実際は、第一産業については書かれていないのでなく、「密閉型植物工場の導入」が対策として、少し入っている。つまり、農林水産業では電気でおこした光で育てる水耕栽培の野菜が温暖化ガス削減の決め手となっているのだ!

もうひとつの疑問は、産業構造の大規模な転換なしで、308百万tの温暖化ガスをいかにして減らすか、その「対策と技術」のシナリオの中身だ。

たとえば、家庭部門の対策を見ると、以下の文言がずらり並ぶ。

・新築住宅における省エネ基準適合の推進
・既築住宅の断熱改修の推進
・燃料電池、太陽熱温水器などの高効率給湯器の導入
・LEDなど高効率照明の導入
・トップランナー制度等による機器の省エネ性能向上
・HEMS、スマートメーターを利用した家庭部門における徹底的なエネルギー管理の実施
・国民運動の推進(クールビズ・ウォームビズの実施徹底の促進、機器の買換え促進、家庭エコ診断)
・浄化槽の省エネルギー化
・温暖化対策ロードマップ等による各省連携施策の計画的な推進

なるべく身近にイメージできるようにと、家庭部門を挙げたが、他の部門を見ても、技術革新に裏付けられた細かな創意工夫がちりばめられている。第二次世界大戦の敗戦から日本に軌跡のV字回復をもたらした技術革新。いままさに環境技術のイノベーションへの期待に充ち満ちている、と書いて我が足許を照らしてみた。

すきま風すーすーで、古い石油ストーブを使って、綿入れはんてんやこたつにもぐり、夏は扇風機や団扇で過ごしているような家は、およそ温暖化ガスをがんがん出すので、地球に優しくないということになる。

エコカー減税や家電製品のエコポイント制度があった。2030年には技術革新でそれらをさらに進めて、一人一人は、省エネを意識しないで快適な暮らしを過ごしながら、地球温暖化は食い止められる。ちょっと電気を使い過ぎたり、エアコンを強にすると、優しい女性の声で「電気を使い過ぎです」とか、「設定温度を下げます」とささやいてくれる。そんな近未来の暮らしで、自動車だって、ハイブリッドや燃料電池車なら、じゅうぶん26%削減は達成できる、もちろん、原子炉では青い炎が燃え続け、その燃えかすだって、どこかの田舎の地下に埋めれば、何百年後は自然に帰る、そんなシナリオのようだ。

国民は地球温暖化を意識せず、対岸の火事として笑っていれば良いのだろうか? ほんとうにそうなんだろうか? 思わず背筋が寒くなり、くさめが出た。

火の壁は見なくて良いのか?

前のコラムで書いたように、地球温暖化の具体的な例として、異常気象がもはや異常と呼べないレベルに来ている。30年に1度の異常な気象、たとえば、1時間あたり100mm超えのゲリラ豪雨は、列島のどこに、いつ来てもおかしくない。

それは他人事でなく、身近な一人一人に迫ったリスク(危険)といえる。
その原因の主要なものが、地球温暖化だ。

思うに、地球温暖化とは、四方を火の壁に取り囲まれた状況で、この火の勢いをどう食い止めるか、灼熱地獄が迫る前に考えようということなのだと思う。

政府原案は、身近に迫っている火の壁を見ずに、火の壁を作った原因を意識することなく、そのうちすごく優秀な消防士がやってきて火の勢いを小さくしてくれるので安心していいですよ、と言っているように思える。

なぜ日本が1990年比を温暖化ガス削減の基準に使えなかったのか? それは、巨大地震と津波で原子力発電所が、バックアップ電源を失ったからだ。そのひとつすら、もう遠くに忘れ去ったのか? 多くの科学技術者が、原子力発電が制御できずに危険を見抜くことができなかったことを、「うかつだった」と自省したのはつい数年前だ。

地球聞危機の兆しは異常気象という現象で生じている。危機は、火の壁として目の前に迫っているのに、今また、技術革新で火の勢いは防げるから大丈夫と言われても、それほど想像力は欠如していない。

地球温暖化という危機と向き合うことは、たとえば真夏40℃超えの猛暑日となり、時間300mmの雨に襲われたら、それは地球の悲鳴だと想像してみるといい。まずはそこから考え、身の周囲の火の壁の勢いをどうしたら抑えることができるか、考えること。

たとえば、ひとり1台自動車がなくても、1家族に1軒家がなくても、1日で北から南まで日本列島を行き来しなくても良しとする。コンビニの棚いっぱいにおいしいものが並んでなくてもいい。その分、手間暇かけて炊事することが豊かさだと感じること。効率を優先させ、1円でも利益が出るようにだれかを機械のように働かせるよりも、手にいれるお金を少なくし、人に優しくなれることを優先させる。そんな小さな積み重ねのひとつひとつが、地球温暖化を止めることにつながるはずだ。まずは、それを想うことを始まりにしたい。

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